ゆーじのプロフィール

100回転んでも,101回起き上がればいい

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わたしは決して失望などしない。

どんな失敗も,新たな一歩となるからだ。

トーマス・エジソン

 

このプロフィールでは,私自身が重ねてきた人生の「失敗」を,あます所なくお伝えします。

なぜなら,成功よりも,むしろ失敗に大きな価値があるからです。

世の中にあふれている情報は,一見すると成功している人の話ばかりです。

しかし,断言しますが,

最初から成功し続けている人などいません。
我々は,「インターネットビジネスを始めて3か月で月収100万円突破!」

とか,

「1日5分の作業だけで50万円!経済的に自由な人生を得て,雇われずに生きています」

などという言葉だけに目が行きがちです。
誰もが成功者の「結果」にとびつきますが,大切なのは成功するまでに,「どうやって失敗してきたか」です。
私自身,人生の中で数限りない失敗をしてきました。

時には,目の前が真っ暗になってしまうことも多々ありました。

成功している人をうらやましくも思いました。

自分には,才能がない,力がないから無理だとあきらめたこともありました。

しかし,その度に起き上がってきました。

あきらめませんでした。

どうすればよいのだろうと,思考錯誤しました。

色々な本を読み,情報を集めました。

関連するブログを見て,その道の色々なプロにメールを送り,直接やり取りもしました。

 

そして,その返事をもらった方々には,共通点があることに気付きました。

それは,地道な努力をこつこつと重ね、膨大な作業を経て成功を手にしたということ。

さらに成功者は,最初は皆,何も知らず,何もできない初心者だったのだと。

最初からスイスイと自転車に乗れる人はいません。

時によろめきながら,そして倒れながら,それでもペダルをこぐから自転車は進むのです。

 

とは言っても,最初から失敗を目指す人などいません。

ですから,私の失敗をあなたの失敗の経験値にしてほしいと願っています。

私の失敗が,あなたが前に進むための役に立つのなら,こんなにうれしいことはありません。

そして同時に,

あなたが自由になるための一助となることを願っています。

それでは,貴重なお時間をいただきまして,私のこれまでの歩みをお話したいと思います。

バブルがはじけて,平凡な家庭の歯車が狂っていく

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私は,父と母,そして妹の4人家族で育ちました。

 

父は,自営で建築士(建物の図面をかく仕事)をやっていました。

小さかった私は,ドラフターと呼ばれる大きな机のようなものに向かって,図面を描く父の後ろ姿を見て育ちました。

父は口数も少なく,短気で頑固な,不器用な職人そのものでした。

しかし,言葉には出さないものの,思いの深いところがあり,私のことをよく海や川での釣りに連れて行ってくれました。

 

母は専業主婦でした。

人としての優しさや大切にすべき価値観は母に教えてもらいました。

母は自分たち兄弟のことを,しっかりと育ててくれました。

妹は3歳年の差がありました。家が友達の家から離れていたので,よく2人で遊びました。

 

我が家は,父の稼ぎだけで生活していましたが,景気が良かった時代のおかげで,何一つ不自由のない生活を送っていました。

当時の月収で多い時には,80万円ほどもらっていたそうです。

(現在のお金の価値でいうと、100万は超えています)

 

世間一般的に言えば,むしろ恵まれた家庭だったのかもしれません。

 

しかし,私には,お金の自由がありませんでした。

いや,もっと正確に言えば,

物心ついた時から,お金の自由はなくなりました。

 

私が高校生の頃,父が完全に失業しました。

バブルの崩壊で,新しい建物の需要がなくなり,仕事が全く入ってこなくなったのです。

元々人間関係づくりが苦手で,雇われることが苦手だった父は,勤めに出ませんでした。

 

時代の大きな荒波が,小さな家庭を飲み込んでいきます。

家庭の中で,今までうまくいっていたものが,音を立ててガラガラとくずれていきました。

 

毎月,入ってきた分だけお金を使って生活しており,貯金も微々たるものしかなかったので,あっという間に生活費は底を尽きました。

母は,クレジットカードのキャッシング枠を使って現金を引き出し,毎月の生活費に充てていました。

そのことを父は知りませんでした。

もちろん,まだ若かった私も知る由もありませんでした。

心の中にいつも浮かぶのは,

父親の仕事がないのに,これからどうなってしまうんだろう…。

という不安しかありませんでした。

しかし,それを見せることなく学校に通っていました。

母と父がお金のことで言い争いをすることが,日に日に多くなっていきました。

高校生ではっきりと感じた「お金の不自由」

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父の失業状態は,丸2年続きました。

もともと建築士1本でやってきた父には,他の仕事に生かせるスキルはありませんでした。

しかも,タイミングの悪いことに,図面作成にもデジタル化の波が押し寄せていました。

CAD(キャド)と言われる,パソコンでの図面作成ができないと再就職は難しかったのです。

 

父は,建築士でいることを捨てました。
高齢に加えてスキルもなかったので,父ができる建築士の仕事はありませんでした。

ハローワークに通い,やっと見つけた交通誘導の仕事をし始めました。

夏の炎天下の燃えるような日も,身も凍えるような寒さの日も,昼夜を問わず道路に立ちつづけました。

父は見る見るうちにやせ細っていき,肌の色も浅黒くなりました。

月収は,どんなに稼いでも月に10数万ほどでした。

 

母は腎臓があまりよくなかったのですが,パートに出始めました。

体を壊す寸前になりながら,数万円の稼ぎで働くのがやっとでした。

 

しかし,相変わらず生活費はキャッシングに頼っていました。

なぜなら,父と母の給料は,毎月の借金の返済で消えていくからです。

働いて得たお金で,返済をせざるを得ず,足りない分は少しだけ空いたカードの枠をまた使って,お金を引き出すという終わりのない借金地獄に突入しました。

自分たち家族が自由に使えるお金は,ゼロになりました。

 

年頃の私には,親からもらうお金などもちろん1銭もありませんでした。

むしろ,バイトをして,そのお金を家に入れていました。

しかし,焼け石に水でした。

高校の修学旅行に,お金がなくて行けないところでした。

しかし,母が,父の名義などを使って,足りない分を今度は銀行から借りてきました。

その借金で,私たち家族は何とか生きていました。

 

この頃になると,家族全員で毎日お金のことで言い合いをしていました。

中学生になる妹は,泣きながら叫んでいました。

「なんでウチにはお金がないの!!」

「友達とお出かけすることもできないよ!!」

「新しい服だって買えない!!」

「今月の集金だって払えないよ!!どうすればいいの…」

 

父はいつも決まってこう叫んでいました。

「俺にもっと稼げっていうんだろ!!」

「夜も寝ないで,もう一つ仕事を掛け持ちすればいいんだろ!!」

「出ていく金を減らせ!!食事だってもっと切り詰めろ!!」

 

母は手で顔をおおって泣いていました。

 

私は,いつもその言い争いを,不安と絶望を心の中に押し込めながらなだめる役でした。

しかし,我慢の限界に達した時に,一度だけ父に対してこう言ったことがあります。

 

「あんたがこうしたんだろ!!もっと早く再就職すればよかったんだ!!」

「情けないんだよ!!」

 

私たち家族から,笑顔が完全に消えました。

 

年頃だった私の心の中に浮かんでいる言葉は,いつもこういったものでした。

 

「またお金がない…。」

「幸せそうに見える,周りの人がうらやましい…。」

「どうやって生きていったらいいんだろう…」

お金がない「つらさ」。

お金がない「はずかしさ」。

お金がない「みじめさ」。

それは,言葉では言い表せないくらいの悲しみです。

夜も眠ることなどできません。

朝起きても,自分たちにはお金がないままです。

本来は人生を豊かにする「道具」に過ぎない「お金」に,「支配」される人生。

お金のために「自由」を得ることができない毎日。

身を持ってそれを体感してきました。

「いつか絶対,こんな思いをしない毎日を作るんだ…」

爪で血がにじむほどこぶしに力を入れながら,毎日を無我夢中で生きていました。

自分の力で,親を,家族を助けるしかない

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必死に勉強して何とか大学生になった私は,入学金も親に借金で払ってもらいました。

しかも,それも父と母が親戚から借りてきたものでした。

 

授業料は,家庭の収入が低かったので,全額免除になりました。

しかし,授業料免除には,好成績を収めている必要があります。

父と母は絶対に授業料なんて払える訳がなかったので,悪い成績をとるわけにはいきませんでした。

親にお金をかけさせないために,必死に勉強しました。

その結果,4年間で1回も授業料は払わなくてよくなりました。

 

そして,大学生の間に,私はあることを実行に移しました。

それは,

親の借金をすべて把握し,利息が高いクレジットカードのキャッシングから,利息の低い銀行系ローンへの借り換えを行うことです。

インターネットを使って,銀行の商品で金利の低いものを調べ上げ,母と銀行を回って,何とかして融資を通してもらおうと頭を下げました。

話も聞いてもらえず,門前払いをされることもありました。

しかし,何とか融資を通してもらい,

クレジットカードのキャッシング枠をすべて銀行系のローンに借り換えることができました。

これにより,金利も低くなり,月々の返済額も5万円以上圧縮することができました。

私は,何とかして自分ができることをして,親を助けようと必死でした。

奨学金も借り,自分自身が使うお金でも借金を背負いました。

 

しかし,それでもなお,月々の返済は父と母を合わせて15万円以上ありました。

依然としてお金がない状況は,厳しくなる一方でした。

自分たちの生活のすべてを,借金が支配するようになりました。

一向に減らない利息の高いカードローン

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せっかく銀行系のローンに借り換えても,審査に通るのは,利息上限いっぱいのカードローンばかりでした。

カードローンは,毎月の返済額こそ抑えられましたが,元金が一向に減りません。

 

例えば,限度額が100万円の商品があれば,

毎月の支払いは,15,000円。

そのうち,元金として充当されるのが5,000円。

利息が何と,10,000円分です。

つまり,15,000円を払っても,5000円しか借金は減りません。

10,000円は銀行の儲けとなります。
しかも,厄介なのが,元金として充当された5,000円分を,いつでも引き出すことができるのです。

つまり,100万円が限度額のカードは,いつでも100万円まで借金ができるということです。

当然お金に困っていますから,返済をしてはすぐに微々たる借入可能額を引き出します。

そして,借金はいつでも満額に逆戻りです。

これでは,ハムスターが車輪を回っているかのごとく,終わりがありません。

一向に減らない借金の残高を見ると,終わりの見えない悪夢を延々と見ているようでした。

我々家族も,さすがに行き詰ってきていました。

返済の督促状や電話は,日常茶飯事になりました。

経済的な限界が,すぐそばまで近付いてきていました。

のどから手が出るほどお金が欲しかった,私の過ち

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私は,大学生の頃から,バイト以外でどうやってお金を得ることができるのかを探してきました。

当時流行っていたポイントサイトや,懸賞,ネットオークションにも手を出してみましたが全く儲ける事ができませんでした。

持っていた金目のものは全て売りました。

それでも,お金はすぐに無くなりました。

 

そんな中,私はパチンコに出会いました。

 

先ほど,私は奨学金を借りていたと言いましたが,その使い道は悲しいものでした。

それは,

パチンコ・スロットです。

手元の1万円が,数時間で何万円にもなる。

雑誌やインターネットに載っている情報に,私の心は踊りました。

何よりも合法的にお金が欲しかったのです。

たまたま座った,当時からの人気機種「海物語」でカメが走りました。

生まれて初めての確変大当たりで,私は1時間で一気に3万円を手にしました。

当たったら,こんなにお金がもらえるのか…

当時,スーパーで週4でバイトをしていましたが,もらえる給料は6万円ほどでした。

「1か月働いてもらえる給料の半分を,一瞬にして稼げる…」

私の心は完全にお金の奴隷となり,お金に支配されました。

 

それから,大学でギリギリ良い成績をとれるくらいだけ授業に出て,パチンコ屋に通うという日々が始まりました。

借金地獄から救ってくれた救世主との出会い

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たまたまパチンコで勝った時も,その勝ち分は次の軍資金になってしまいます。

パチンコは行った時点ですでに負けているのです。

そんな単純なことにも気付かずに,私はせっせと働きアリのようにお金を捨てに行きました。

 

あれだけお金の大切さを身に染みて分かっていたはずなのに,目の前にある,

「大きな勝ちでお金を増やせるかもしれない」

という幻想から抜け出すことができません。

 

私は奨学金のみならず,バイト代まですぐに溶かしてしまうようになりました。

そして,就職しても,その生活は変わらずに,今度は自分が借金をするようになりました。

生活費を,借金でまかなうという,親がしていた生活を今度は自分がするようになりました。

私は,自分の行いを責めました。

自分なんか生きている価値がないとさえ思いました。

その間も,借金はどんどんと増えていきました。

 

そして,お金を憎みました。

いつでも行きつくところは,

「お金さえあればこんなことにならなかったのに…」

という思いでした。

 

そんな中,ついに私は,インターネットで運命の出会いを果たします。

それは,

債務整理に力を入れている,とある司法書士さんのホームページでした。

「借金の悩み,解決いたします。まずはご相談ください。」という言葉を見て,

わらにもすがる思いで,事務所に電話し,無料相談の予約を入れたのでした。

父,母,そして私の3人が果たした借金からの解放

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司法書士さんの事務所には,母を連れていきました。

今までの借入をエクセルで作った一覧表にまとめ,相談を始めました。

司法書士の先生は,よく話を聞いてくれて,大変誠実に答えてくださいました。

今まで誰にも言えなかった苦しみ,悲しみをすべて吐き出せた気がして,私は涙を流しながら相談していました。

 

先生は,まず,父と母についてストレートにこう言いました。

「お父さんも,お母さんも自己破産するのが一番良いと思います。」

「返済可能額をはるかに超えてしまっています。処分される財産もないようなので,それが賢明です。」

 

また,私についてはこう言われました。

「息子さんは,継続的な収入があるので,個人再生がよろしいかと思います。処分されると不都合が出る財産もあるようなので。」

私にとって車や家は必要な財産だったので,それらを残す方法での債務整理(さいむせいり)を提案していただきました。

 

父と母は最初自己破産を拒みました。

「借りたものはきちんとお返ししなければならない。それに,人様に顔向けできない。」と。

 

しかし,そんなことを言っている場合ではありませんでした。

生活の崩壊がもうすぐそこまで迫っていたこともあり,何とか父と母を説得することができました。

 

こうして,父と母の自己破産手続きが始まり,紆余曲折を経て,免責がおりました。

父と母は,苦しんでいた借金から解放されたのです。

そして,私もその後,個人再生の手続きをして,返済を続け借金から解放されました。

 

私は,ギャンブルは人の心に自由ではなく,その真逆の不自由をもたらすことを身を持って知りました。

 

心の中に平穏が訪れました。

家族にまた笑顔が戻りました。

お金のことで,言い争いをすることがなくなりました。

そして,私は自由な人生を歩むためのスタートラインに立つことができたのです。

↓私たち家族を借金から救ってくれた方法が気になる方はコチラをお読みください!

今からでも遅くない,仕事からの解放を目指そう

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借金の問題を解決しても,次なる問題が発生しました。

それは,仕事の激務です。

私は,精神的にも肉体的にも体をこわしてしまいました。

自律神経のバランスは崩れ,夜も眠れなくなりました。

「自分はどうしてこんな思いをしてまで,働かなければならないのだろう」

「自分はもうお金のために,こんな奴隷のような人生を生きるのはイヤだ」

 

働けば働くほど,私の心の中には,そうした確かな思いが芽生えていきました。

そして一冊の本と出会います。

それは,ロバート・キヨサキさんが書きあげた,有名な「金持ち父さん,貧乏父さん」です。

この本を読んだ私は,全身に電流が走るような感動を覚えました。

「働かされなくともいい人生があるんだ!」

そう強く感じました。

 

以来,様々な角度から勉強し,自由を獲得するための3つのキーワードに行き着きました。

  1. 思考の変化
  2. 不労所得
  3. アフィリエイト

この3つこそが,あなたに経済的な自由をもたらし,ひいては人生の自由をもたらしてくれると信じています。

インターネットがお金の自由をもたらすまで

数々の失敗、そしてやっと信じられるサイトに出会う

元々私は、貧乏だった大学生の頃からインターネットでお金を稼ぐことに興味がありました。

「金持ち父さん、貧乏父さん」は世界的な良書ですが、舞台はアメリカで、不動産投資で成り上がった話です。

日本の田舎に住んでいた貧乏少年にとって、まるで現実味のない夢物語でした。

そこで私は、何とか今の自分でも稼げる方法はないかと、必死になって探しました。

当時、「Windows98」というOSが搭載された、昔のブラウン管テレビのように大きいデスクトップパソコンを使い、情報を集めたのです。

最初にたどり着いたのは、当時はやっていたポイントサイトです。

メールをクリックしたり、案件をこなすとポイントがたまるというものでした。

しかし、1円を稼ぐのにも手間がかかるため、メールボックスだけがパンパンになっただけで、すぐに挫折してしまいました。

次に挑戦したのは懸賞サイト。しかし、何度応募しても当たりません。

さらに、レビューを書いてキャッシュバックというサイトもありました。

文才のない私は、1日中パソコンの前に座っているだけで、まったく稼げませんでした。

また、あやうくマルチ商法やねずみ講まがいのあやしいサイトに引っかかるような経験もしました。

「結局稼げる方法なんてないのか…」

あきらめた私は年を重ね、いつしか社会人になっていました。

仕事が忙しく、自分の時間を持てなかったのですが、「不労所得」への憧れは消えることはありませんでした。

 

そんな矢先に、信頼できるサイトとの出会いを果たします。

ずっと私が求めていたような「不労所得」や「稼ぐための思考の変化」について詳しく書かれたサイトでした。

そこで、「アフィリエイト」と運命の出会いを果たします。

「広告収入でだれでも稼ぐことができるのか…」

私の胸は高鳴りました。

夢中になって画面をスクロールして、隅から隅まで記事を読みあさりました。

すると、一件の応募文が目に止まりました。

「自分を変える方法を教えます」詳しくは、この教材をご購入ください。

教材の価格は何と、10万円でした。

当時、社会人になりたての私に払えるような金額ではありませんでした。

さんざん悩んだのですが、「人生を変えてみたい!」と思った私は、震える指で勇気を出して「申込み」ボタンを押したのです。

信じていたサイトの裏切り

商品の申込みをしてからも、「もしかしたら届かないんじゃないか…」という不安が常にありました。

しかし、申込みから1ヶ月後、やっと商品が私のもとに届きました。

見たことのない差出人が書かれた小さな段ボールを見て、一瞬にしてイヤな予感がしました。

中を空けると、1冊のうすい冊子が入っていました。

ページ数で言うと、10ページくらいのものです。

「こ、この中に、自由になれる方法がきっと書いてあるんだ…!」

絶望的な気持になりながらも、私はページをめくりました。

すると、書かれていたのは…

「あなたが願う理想の姿を書き出しましょう」

「そうなるためには何が必要か書き出しましょう」

「あなたの目標を書き出しましょう」

そうした文章が1ページに1行程度書いてあるだけで、ほぼすべてが余白でした。

 

私は、目の前が真っ暗になりました。

10万円もかけて購入した商品が詐欺だったなんて…

何より、ずっと信じて見ていたサイトの管理人に裏切られたなんて…

自分が詐欺にあったことを受け入れるのに時間がかかりました。

訴えようかとも思いましたが、結局だまされた自分が悪いんだとあきらめました。

 

あまりにショックだったので、15年以上誰にも言ったことはありません。

家族にも、誰にも内緒にしていました。

でも、今このページを見てくれているあなたには打ち明けます。

 

これが、ネットの世界の現実でもあります。

 

でもだからこそ、私は絶対に誰かを裏切るようなそんな卑怯なマネをしません。

いや、人間として死んでもしたくありません。

あの自分が味わった

「自分は絶対に人の役に立つ情報を発信するんだ」

そう誓ったのです。

本当の師匠が変えてくれた人生

詐欺にあって以来、すっかりネットで稼ぐことから遠ざかってしまった私ですが、やはりあきらめることはできませんでした。

「絶対にアフィリエイトで不労所得を稼いで、自由な人生を生きるんだ」

その思いは消えることはなかったです。

ブログを作ってみたものの、サイトのデザインを整えたり、肝心の記事を書いたりすることができず、2記事ほど書いただけで、すぐにやめてしまうような状況でした。

 

そんな中、運命の出会いを果たします。

「〇〇〇 やめたい」で検索したら、私が求めるような情報のサイトが出てきたのです。

サイトの管理人さんが提唱していたのは、「外注化」という方法でした。

カンタンに言うと、ブログを自分の力だけではなく、複数の人を雇って記事を書いてもらう仕組みのことです。

「これなら時間のない自分にもぴったりだ!」

そう確信した私は、またまた勉強を再開しました。

そして、「セミナー募集」という告知を見ることになるのです。

場所は…大阪。

参加費用は20万円でした。

 

「また裏切られたらどうしよう…」

そんな不安もありましたが、これを逃したら次はないような直感が働き、直接参加の申込みをすることにしました。

慌てて飛行機のチケットを取ると、私は希望を胸に大阪へと旅立っていました。

 

結果は以下の写真の通りでした。

めがねをかけているのが師匠です。私はこのヒゲの集団の中のどこかにいます(笑)

 

すばらしい時間でした。人生が変わりました。

仲間と共に、「外注化」やブログで稼ぐ具体的方法について教えていただきました。

サイトの管理人である師匠は本当に良い方でした。

温かくて、鬼のような努力でブログだけで月収400万円以上、

不動産投資などの金額も合わせると年収9000万を超えるホンモノでした。

 

師匠とは今でもつながっています。

困ったときや行き詰まった時は、いつでも励まして導いてくれるかけがえのない存在です。

 

裏切られたのもネットの世界だとしたら、救われたのもネットの世界だったのです。

自分が「信じられる人」を見つけて行動しよう

私が大好きなドラマ「半沢直樹」で、主人公堺雅人の父、笑福亭鶴瓶が直樹に言った言葉があります。

「ええか、直樹。人と人のつながりだけは大切にせなアカン。ロボットみたいな仕事だけはしたらアカンぞ。」

世の中にはあやしい話、信じられない人がたくさんいます。

でも、その反対に、「自分を救ってくれる話」「自分を助けてくれる人」があるのもまた事実です。

ぜひ、あなたも信じられる人を見つけて、勇気を出して行動してみてください。

その人が発する言葉から人間性を感じ取ってみてください。

きっと、自分の価値観と合う、素敵な人が見つかるはずです。

信じることで、人生がきっと言い方向に変わっていくはずです。

あなたにも自由を感じてほしい

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思い返してみると,自分の心の中には,プラスの感情ではなく,いつもマイナスの思いがあったように思います。

ですから,悲しい思いをしている方の気持ちがよく分かります。

それだけに,自分と同じような思いをしている方がいるのだとしたら,

私のような思いをしてほしくないのです。

そしてどうか,

あきらめないでください。

きっと道はあります。

 

もちろん自由になるということは,借金からの解放や仕事からの解放だけではありませんが,当ブログでは自由になるために必要なことを様々な視点や立場から書きつづっていきます。

 

 

プラスの感情と,マイナスの感情では,エネルギーが大きいのはマイナスの感情です。

しかし,マイナスがあるからこそ,プラスの方向に働く力が大きくなるのです。

私自身,もし苦労を重ねてこなかったら,「自由になりたい」とは思わなかったかもしれません。

 

その意味では,失敗経験が,成功をもたらしてくれたのです。

 

最後に,冒頭と同じように発明王エジソンの温かい言葉で締めくくりたいと思います。

さあ,当ブログをもとに,自由になるための旅をしていきましょう。

ウソや偽りが多い,インターネットという世界だからこそ,私は誠実に自分が信じる情報を発信していきたいと思います。

あなたが自由になれるように…

それは失敗じゃなくて、
その方法ではうまくいかないことがわかったんだから
成功なんだよ。

トーマス・エジソン

PS.なお,私の現時点での考えとしては、私自身の収支の報告はいたしません。

(もしかして需要があれば、その時は公開するかもしれません)

なぜならそれは,読者様との距離を遠ざけるものにもなるからです。

よく「始めて3か月で月収100万円達成!」とか,「累計収支1000万円突破!」などと謳っている方もいらっしゃいますが,このインターネットの世界では,ウソの情報があふれています。

断言しますが、何もしないですぐに大金を稼げるなどと言う話はすべてウソです。

通帳の振込額などの画像も簡単に加工できますし,何より信憑性がありません。我々が確かめる手段がないのですから。

そして私自身が,他の方の収支を信じていません。

それは,提供しているコンテンツに結果的についてくるものです。

儲けがありきではありません。

読者様にとって本当に役立つ情報こそが何よりも大切なものだと考えています。

 

それでは,どうぞごゆっくりと当ブログを見ていってくださいね。